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やまのぼり




 
 ほうらいさんほうらいさん。 おやまのてっぺんなにみえる?





ある日の事、永遠亭のお姫様が屋敷の中を散歩していた時のこと。
一人で廊下を静々と歩いていると、向かい側から一匹の小さな妖怪兎がやってきました。



「ねえねえ姫様ー」

「なあに因幡?」



元気な声で話し掛けてくる子兎に、姫様は膝を屈めてお話を聞きます。
小さな小さな妖怪兎、聞きたい事はなにかしら?



「『ほうらいさん』ってどんな山ー?」

「……え〜っと」



これには姫様困ります。 富士山だって教えても、そんなの子供は分からない。
もし間違えて妖怪の山に登ったらさあ大変。 だったらなんて教えよう?
姫様うんと考えます。 暫くうーんと考えて、あらそういえばと思い出す。
蓬莱山とは自分の名字。 だったらこの事教えよう。



「『蓬莱山』って言うのはね、何を隠そう私の事よ」

「へえー! そうなんですかー! 姫様すごーい!!」

「ふふん、まあね」



キラキラした目で見つめる子兎、姫様ちょっぴりご満悦。
ところが何かがおかしいぞ?
子兎が見詰めるかぐや姫、おもちゃを見る目とそっくりだ。



「うん? どうしたの?」

「うーんと、あのねー、えーっとねー?」



両手をモジモジ上目遣い。 たまらず姫様、ああ可愛いわと抱きしめる。
いい子いい子と撫でる内、子兎元気にこういった。



「あのね、わたしね、やまのぼりしたい!」

「……へ?」



姫様お目めがお月様。 満月二つ浮かんだ眼には、小さな兎が跳ねている。
さっきのこの子の言葉から、登りたいのはこの私?

いーい? と聞いてる子兎は、どこかちょっぴり寂しそう。
だけど姫様考える。 やっぱりちょっと重いかな?



「やっぱり、だめですか……?」



うるうる潤んだパッチリお目め、今にも涙が零れそう。
それ見た姫様さぁ大変。 この子は一つの難題だ。



「い、いいわよ。 でもここだと危ないから、あっちの部屋で、ね?」

「わぁー! ありがとー! 姫様大好きっ!」



やれやれこの子は手強いわ。
小さなお手てを握りしめ、子兎一匹ご案内。



「うんしょ、うんしょ……」

「楽しい?」

「はい!」

「そう……なら良いのよ」



畳で正座の姫様を、うんしょうんしょとよじ登る。
あともうちょっと、あと少し……さあ、頂上だ。



「うわぁー!」

「そんなに下と変わらないでしょうに」







 ほうらいさんほうらいさん。 おやまのてっぺんなにみえる?







空いた襖の向こうには、いつもとおんなじ竹林が。
けれども一つ違うのは、いつもよりちょっと高いとこ。



「すごいたかいです! それに、いいにおいー……」

「ふふっ、それは私の髪の香りよ……あら?」



なんだか重くなったかな?
ひょいと頭に手をやれば、そこにはすやすや子兎ちゃん。



「……ふふっ、可愛い」



膝に乗っけてもふもふと、柔らか子兎暖かい。
寝る子につられて姫様も、ついウトウトと船を漕ぐ。
いけないいけないはしたない。
こんな所を見られたら、他の兎に笑われちゃう。

しばらくボーッとしていたら、襖の外からピョコピョコと。
あれ何だろうと見てみると、やっぱり小さなお餅耳。



「ひめさまー! わたしもひめさまのぼりしたいー!」



あーあ、他の兎に見られてた。
しょうがないかと姫様頷き、こっちへおいでと手招きを。



「わーい!」








 ほうらいさんほうらいさん。 おやまのてっぺんなにみえる?








「……ひめさまおむねないね」

「とうっ!」

「ひゃっ!?」


着物が似合う女の子。 だけどやっぱり気になるの。
どしんと大きな音立てて、びっくりしちゃった子兎が、起きてうわあと泣き出した。
落っことされた子兎も、やっぱり驚き泣き出した。



「あ、あらあら泣き止んで〜、ほら、姫様登っていいから、ほら!」

「グス……ホント?」

「ホントに良いの?」

「ええ、ほら、ほうらいさんのぼり。 おいで」



可愛い可愛い姫様が、優しい笑顔で手を広げ、子兎うわぁいと飛び込んだ。
よしよし頭を撫でたげて、さあ姫様登りの再開だ――






それから一日二日経ち。 兎達の間では、姫様登りが密かに流行り、姫様毎日大人気。
妖怪兎も普通の兎も、むきゅーむきゅーと姫様登り。 お部屋はいっぱい兎さん。



「……姫様、どうしたんですかこれ?」

「あらイナバ、登ってく?」



師匠のお薬売ってきて、鈴仙帰りに見た物は、部屋いっぱいの兎達。
そしてなにより驚いた。 姫様ニコニコ笑顔の上に、ふわふわもこもこ兎がアフロ。



「いえ、これから師匠の所に報告に行かなきゃいけないので……」

「あらそう。 それじゃあまたね」



師匠にお薬届ける兎、月の兎がも一度チラリ。
姫の頭を見てみれば、そこには見知ったあの兎。



「……てゐ何やってんの?」

「ん、いやぁこれが意外と奥が深い」



おやまのてっぺん見てみれば、てゐが旗持ち立っていた。



「……姫様、大丈夫ですか?」

「まあ、折れてもすぐに戻るから」

「さいですか……」

「鈴仙も登ってみなさい、きっと楽しいわよ」

「はぁ、また後で……」



やれやれウチの姫様は……
呆れながらも笑いつつ、鈴仙その場を後にした。





 ほうらいさんほうらいさん。 おやまのてっぺんなにみえる?






「ふぁ……っくしゅん!」

「きゃあー!?」



どしーんと大きな音がして、何事ですかと鈴仙が、ぴょこんと顔を覗かせる。
月の兎が見たものは、辺りに散らばる兎と姫様。
阿鼻叫喚の地獄絵図、たった一匹立ってる兎、因幡のてゐに聞いてみよう。



「ちょ、どうしたのこれ?」

「なんか姫様の鼻に兎の毛玉が入ったっぽい」

「……」

「はいこれ」

「なにこれ?」

「鼻水付いたうさ毛玉」

「…………」

「ま、こっちは片しとくから、さっさと行ってきな」

「ああ、うん。 よろしく」



今日も竹林平和だなあ。 鈴仙あくびをかきながら、師匠の元へと向かったよ。



「師匠ーっ! ただいま戻りましたー!」

「あら、お疲れ様」



帰った鈴仙出迎える、永琳師匠の優しい笑顔。
今日もむぎゅっと抱きしめられて、鈴仙えへへとご満悦。

ふわふわ鈴仙戻ってみれば、やっぱり姫様登られてる。
あれってそんなに楽しいのかしら? 鈴仙ちょっぴり気になった。



「あのー、姫様」

「うん? なあにイナバ?」

「登ってみても、良いですか?」

「ええ、どうぞ」



ニッコリ笑った姫様の、後ろに回って考える。
そういや私は大きいわ。 ホントに登って大丈夫?
小さな姫の真後ろに、恐る恐ると近づいて、えいやと背中に飛びついた。



「あら、それで良いの?」

「あー、まあ」

「そう。 あ、ちょっと首苦しい」

「あ、すいません」



背中にぺっとり張り付いて、足をだらんと垂らした鈴仙。
首にむぎゅっと手を回し、まるで子供のおんぶみたい。



「鈴仙ったら子供みたーい!」



いたずら兎が囃し立て、周りの兎もそれに乗る。
あらあら鈴仙顔まっか。



「ちょっと、貴方達うるさいわよ……あら?」

「あ、師匠」

「あら、永琳」



兎の囃子に誘われて、永琳ヒョコッと顔出した。
あらあら何をやってるの? 首をかしげて聞いてみます。



「……姫様、何をなされているんですか?」

「永琳も登る?」

「…………」

「…………」



永遠亭の一部屋に、竹の囁く音がする。



「いいんですか?」

「いいわよ?」



それでは私も失礼してと、姫のお肩に足乗せる。
正座をしながら肩乗り永琳、あらあらうふふと微笑んだ。



「あら、意外と乗り心地良いですわねえ」

「そう? ありがとう」

「師匠のお尻が目の前に……」

「っ!?」



ばっとお尻を抑える師匠、お顔が兎のお目めみたい。
それ見たてゐが大笑い。 お師匠様も初心いわねえ〜。
4人でわいわい騒いでて、なんだかとっても楽しそう。
周りで見ていた兎達、とうとう我慢が出来なくなって、皆で姫に駆け寄った。



「ずるいー!」

「わたしもわたしもー!」

「あ、あ、ちょっと、そんなに登ったら……」



三人羽織の姫様に、兎が一匹飛びのった。
次は肩乗り師匠の胸に、その次鈴仙背中に一匹。
後から後からぴょんぴょんと、兎がお山に登ってく。



「ちょ!? む、無理だって!」

「ちょっとてゐ、見てないで助けてー!」

「……うん!」

「え、ちょ、嘘でしょ、まさか、え、え、待って、因幡、それ駄目……きゃー!?」



最後に飛び乗る因幡てゐ。
とうとう姫様耐えられず、前にのめって倒れちゃう。



「いたたたた……ちょっとてゐー!」

「あはは! ビックリした?」

「もう、因幡ったら……」

「あらあら、大丈夫? よしよし」



笑う因幡に怒るイナバ。 呆れる姫様やれやれと。 こっちはこっちであちこちに、落ちた子兎抱く師匠。
それ見て笑う兎達。 広いお部屋に集まった、永遠亭の家族達。
今日も皆で和気藹々。











 ほうらいさんほうらいさん。 おやまのてっぺんなにみえる?










 ほうらいさんほうらいさん。 おやまのてっぺんみんなのえがお、たのしいかぞくのしあわせみえた!


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