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神がかってるねぇ!




 
 昼の博麗神社。

幻想郷の境に位置するこの神社で、今日も博麗の巫女は、何か良い暇潰しはできないものかと思考していた。
居間にて炬燵に足を突っ込み、団子を丁度三本目に齧り付いた所で彼女は解決の糸口を見付ける事に成功する。



「そうだ、神様呼んでみよう」



思い立ったが吉日と言わんばかりに、博麗霊夢は神がかりの準備を整える。
一人祈りを捧げる中、まるで狙いすましたかの様に境内を訪れた霧雨魔理沙と共に形ばかりの儀式を終え、とある一柱をその身へと降ろす。



「……おや?」



その一柱は食事中だったのであろう、霊夢の意識の中に箸を咥えたままに降臨した。 『山坂と池の権化』八坂神奈子である。
先程まで自らの神社で風祝達と共に粥を食んでいたと思しき頬におべんと付けたままの彼女は、自らの身が自由にならぬ現状に若干の不便を覚えながらもその現状を招いた巫女に対し状況説明を促す。



「で、なんで私はこんな所に居るんだい?」



『で、』という接続詞が先程の疑問符に繋がるのかは分からないが、とにかく現状を説明してくれない事には怒ろうにも怒り様が無い。
意識の内より聞こえてくる神の声に対し、本来ならば其れを敬うべき巫女は畏れ多い言の葉を以て彼女に進言する。



「いや、あんたも呼べんのかなーと思って、試してみたの」



さて、この巫女は神を何だと心得ているのだろうか。
例え八百万も存在する神だとて、そこらを徘徊する犬猫畜生と同等の扱いを受ける事はまかり間違ってもあってはならない事である。
ましてや、楽しい一家(と呼んでも差し支えないだろう)の団欒の一時を、目の前の、いや意識の下の巫女は邪魔したのだ。
どの様にして神罰を下してやろうかと箸を舐り腕を組みつつ思案を巡らすが、ふと彼女は箸を口から吹き飛ばし自らの現状を再確認する。
今彼女は霊夢と意識を共有している。 そして、身体の主導権は霊夢にある。 よって博麗霊夢をしばき倒すには、その身より出づる他無いのである。
見事な三段論法紛いに基づいて、彼女は霊夢の身より抜け出る決意をする。



「あら、折角だしもっとゆっくりしていけば良いのに」



然りとてその甘言につられる事も無く顕界に降臨せし八坂の神は目の前に聳え立つ愚かな巫女を見上げ、諦観を込めた溜め息を吐く。
一つ問い質したいのだが、貴女は自分が持つ能力の意味を深く考えた事があるのだろうか。 いや、やはり問うても無駄だろう。 ここは以前と同じく、弾幕を以て彼女に語りかけるしかない。
神力を秘めし紅い眼を細く絞り、漸く出番かと云わんばかりに低く唸り声をあげる御柱を巫女の脛(すね)目掛け強かに打ち付ける。



「いてっ」



これで彼女も巫女の本来の意味を再認識した事だろう。
自らの使命を終え帰路に着こうと分社を目指し足を一歩……と踏み出した所で、どうにも自らを包み込む違和感を再認識するに達した。
はて、見上げる? 斯様な小娘を何故見上げねばならぬのか。 そして先程の彼女の悲鳴はどうにも緊張感に欠ける物であった。
改めて周囲四方を見渡して暫しの後、先程まで六感に鈍痛を与え続けていた小骨を引き抜く事に成功する。



「あら、可愛い」



何と言う事か。
先日迄は頭一つ分は開いていた背丈の差が、今では天地逆転の様相を呈している。
修行不足の巫女とは空恐ろしい。 これでは隙間の大妖が稽古を付けるのも至極納得。
更には言うに事欠いて目の前の大太郎法師(だいだらぼっち)は神を見下ろし頬を緩ませ可愛い等と宣(のたま)う。
しかしだからと言って反抗の意を表しても巫女に向け放たれる御柱の雨はそよ風に吹かれ境内掃除の手間を増やすに留まった。



「ま、立ち話もなんだし、お茶でも飲んでいきなさいよ」



嗚呼、神は我を見捨てたのか。
然したる抵抗も出来ぬまま、身の丈三寸程に御身を縮めた神奈子は己の存在の何たるかを忘却の空へと消し去ったまま、霊夢の掌にちょこんと乗せられ卓袱台へと連行される。
七色の魔法使いより送られたのだろう小さな人形用の茶碗に盛られた白粥、そして猪口に注がれた酒を前に、彼女達のささやかな直会(なおらい)ごっこが始まった。
しかしよくよく見れば箸が無い。 箸が無ければ飯は食えぬ。 神たるものが下品にも素手で飯を口に運んだとなれば守矢の名前に傷が付く。
さてどうした物かと顎に手を当て思案に暮れれば、そこは三人寄れば文殊の知恵。 これまで静観を決め込んでいた霧雨の少女が口を開いてこう宣う。



「お前さっきから良い箸飛ばしてたじゃん。 それ使えよ」



この者達はどこまで神を侮辱すれば気が済むのであろうか。 自らの依り代である御柱を、よりにもよって箸に使えとは。
憤懣遣る方無い思いを黒白の魔法使いに小柱(こんばしら)をぽいぽいと放り投げる事で何とか鎮め、改めて周囲を見渡してみるにこの巫女、卓上に楊枝の一つも用意する気配は無い。
これは困った。 このままでは神に対する捧げ物を前におめおめと逃げ帰る事になる。 風雨を、如いては農業をも司る神としてその様な大罪を働けば、次期の収穫はとんと期待出来ないであろう。 途方に暮れる神を他所に、食事は進む。
食事の速度も最速を誇ろうと言うのか、いの一番に茶碗を空にした魔理沙が良い暇つぶしになったぜと箒に跨がり帰宅する頃には、神奈子の心に引かれた境界線が揺れ動くには充分な時間が経過していた。



「……いただきます」



恥辱に塗れ、顔に紅葉を彩らせ両手を合わせるその姿からは、とても平生の威厳に充ちた面持ちは窺えない。
木っ端と見紛う程の小柱を手に一所懸命に粥をかき込む様は、何物にも興味を示さないと噂の巫女にさえ庇護欲を抱かせるに充分であった。
うんせ、うんせと粥を食み、口元を白濁した流動体に汚せし神の姿を二つの眼に納め、神に仕える紅白は心の内より沸々と湧き出でる感情をその一身に仕舞い込む。
何とか食事を終え疲労感を酒に流す神奈子の寂然とした後ろ姿に堅固な箍(たが)を外されて、霊夢はもう辛抱堪らんとばかりに三寸神奈子を小脇に抱えると、湯槽にそぉいと放り込む。



「ふふっ、かゆいところはないですか〜?」



そぼぬれる神奈子の潤んだ瞳を前に霊夢は童心に戻っているのか、小さな小さな神様の、細かな細かな菫(すみれ)の髪を、一本一本梳いていく。
巫女と神との髪遊びが終わり桶に溜めた湯を勢い良く頭から被せ、犬猫の様に首を振る神奈子を見詰める霊夢の姿は紛う方なき乙女の其れである。
確かリカちゃんとか言ったっけ、その人形で遊んでた早苗は可愛かったなと在りし日の風祝との思い出を、ヘチマを手に持ち万歳してと喜色満面の笑みを浮かべる巫女に重ね合わせるとまあ、なんとも悪い気はしないではないか。 心行くまで付き合ってやろう。それが神への信仰へと繋がるならば。
されど儚き人間に神の思し召しは理解されず。 身体の隅々まで洗われ気恥ずかしくも早々と衣服を着込む神奈子を眺め、巫女はとんでもない事を言い放つ。



「そうだ。 アリスの所に行ってカナちゃん用の服でも作って貰いましょうか」



誰がカナちゃんか。
神をも恐れぬ物言いに然しもの神奈子も憤慨し、有りっ丈の小柱を投げ放ち、痛がる霊夢を尻目に一路守矢神社へ戻るべく分社の前まで足を運ぶ。
しかし結びを解いた髪を撫ぜる柔和な風に、今は小さき風の神はふと足を止め、博麗神社を仰ぎ見る。

此度の騒動、どうにもこうにも腑に落ちぬ。 我を呼ぶのは彼の巫女ぞ。 しかし巫女には用は無し。 ならば何故我を呼ぶ?
深意があるのか偶然か。 悩みに悩み、思い至るは博麗神主、其の不在。 然れば巫女の元に数多の人妖集いしは、彼女を愛する彼の人の意思か。 ならば私もその意に従い、彼女の孤独を紛らわそう。

さあ、今夜は宴会だ。 守矢と博麗、河童に鬼に天狗を交えつつ、終わらぬ宴を楽しもう。





「あら、帰っちゃった……ま、いいわ。 久々の宴会、楽しみね」







こうして皆に愛されし楽園の巫女は、今日も酒瓶片手に空を飛ぶ。
巫女と神との神遊び、萃いし想いは誰が為か。 幻想となりし者達の、宴は今宵も騒がしそうだ――――





 〜 終 〜

























「――あら、神奈子様。 お帰りなさいませ」

「あ、神奈子おかえり〜」


守矢に戻り真先に目に付くは、温かい粥と祝子、そして土着の神の笑み。 背丈も戻り、万事は安泰と心を休めて卓につく。 しかしそこには既視感が。
箸が無い。 何処を探せど見つからず。 どうしたのかと思案に暮れて、あらそういえばと今更ながらに思い出す。
さて、神奈子の箸の在る場所は……



「…………どうした? 箸なんか咥えてモゴモゴして。 ひもじいのか?」

「あら魔理沙。 なんでかしらねぇ、どうにもお箸が気になっちゃって……」



楽園の巫女はお箸の事で頭がいっぱい。 それもその筈、意識の奥には一膳のお箸。
風神様も気づかぬうちに、神の罰は下っていたのでした。



   〜 完 〜


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