粉雪が静かに降り積もる迷いの竹林
する事も無く
ただ余りある時間を徒に浪費する為に
蓬莱人
藤原妹紅は踝
まで埋まる雪の中を散歩していた
見上げれば万年竹が笠となり
雪の侵入を防いでいる
それでも此処まで降り積も
たとなれば
この白い結晶がどれ程の時間を降り
続けているかは想像に難くない
霜焼けに足がむず痒くなるのも我慢し
只管に竹林を彷徨う
暫く歩くと
不意に見覚えの無い景色が目に飛び込む
小さく
一軒家を立てたら埋ま
てしまう程の面積の空き地
長い時をこの竹薮で過ごしてきたが
まだこの広い庭の中に自分の知らない場
所があろうとは
妹紅は感慨を覚えながらも
空白の時間を埋め合わせてくれそうなこの空き地
に目を輝かせた
早速
辺りを散策してみる
と言
ても
蓬莱人ならずとも普通の人間でも暇の足しにもなりそうもない時
間でそれは終了した
空き地
とはつまり空いた土地の事である
何も無いから空き地と呼ばれる
結局なんの成果も得られず
その空間を石ころでも見詰めるかの様な瞳で一瞥
その場を離れようとした
しかし
元来た道へと振り向いた刹那
何かが視界の端に映るのを感じた
違和を感じた方向に首を動かすと
そこには幾多の年月を経たのだろうか
のむす一体の地蔵が目に飛び込んできた
初めは
それこそ石ころを見詰める視線でその地蔵を眺めていたものの
何と
なくそのままにしておくのも気が引けてきた
笠地蔵ではないが
このまま捨て置くにはあまりにも惨め過ぎる
どうにか
この地蔵を有効活用出来ないものか
暫しの間
地蔵の前で首を
る妹紅
竹林に唸り声が響き続け
銀の美しい長髪の天辺に薄く雪が積もる頃
そう言
えばと妹紅は結んでいた目を開いた
今日は冷える
それに足だけでなく
手もかじかんでいる
何か温かいもの
欲しい
それならば
この地蔵を持ち帰り懐石としよう
多少罰当たりだが
こんな
空の下一人寂しく佇むのも
どうも遣る瀬無いだろう
たら自分と共に暖をとり
冬空の晩を共に過ごそうでは無いか
そうと決まれば話は早い
とばかりに妹紅は一貫程度の重さがある小ぶりの地
蔵を抱え
我が家への足跡を雪に残して行
自宅に辿り着き
地蔵を玄関に下ろした妹紅はさてと再び思案に暮れる
このまま不死鳥の炎で焼いても良いが
如何に蓬莱人とは言え直火に焼かれた
地蔵を抱きしめて寝る度胸は無い
どうすれば快適に暖を取れるだろうか
答えはすぐに出た
頭頂部に竜宮の遣いが訪れ
想像上の白熱電球に明りを灯す
そうだ
湯で温めれば具合が良いだろう
早速しけた薪を竃に差し入れ
水をなみなみと注いだ
少し寒いだろうがもう少し我慢してくれ
妹紅は地蔵にそう声を告げながら
に浸し
薪に火を点けた
途端
辺りに橙色の光が広がり
室内を暖気で満たす
釜にあかぎれの多い手を翳し
血液の巡りを良くしてやると
ちりちりとした
痒みと共に
指先に感覚が戻
てくる
すると
にそのあかぎれが治りゆくのが目に留ま
こういうものを
る度
自分が蓬莱人だと確認させられる
だが今更何とも思わない
そんなことを気にする段階は
とうの昔に過ぎ去
それを知
ている妹紅は
須臾の内に記憶の外に追い出し
目の前の地蔵を温
めてやることだけに集中する
湯に指を指し込み温度を確認しようとするが
そういえば先日便利な物を手に
入れた事を思い出した
少し待
てて
と地蔵に告げるとその場を離れ
居間に置いた箪笥の中から一
本の温度計を取り出してくる
特に必要無いかとも思
たが
竹林に運ぶ人間達の体温を予め測
ておいて欲
しいから持
ていてくれ
と八意の薬師に言われ
その時に押し付けられた物
大体
と書かれた辺りであれば普通だと言う事も聞いていた
人間相
には何度か使
た事はあるが
釜と地蔵相手には初めての使用となる
恐る恐る鍋の中に銀色の先端を浸けて暫く待つと
赤い棒のような物が見る見
る内に上昇していく
気付いた頃には
温度計は
という数字を指し示していた
これは大変
と思
たが
相手は地蔵である
別に死ぬ訳ではないと気付い
妹紅は
もう暫くの間は地蔵を温めておく事にした
しかしこれが幸か不幸か
暫く地蔵の五右衛門風呂を眺めていた妹紅は
一つ
の異変に気が付いた
変だ
地蔵が二つ居る
苔すら落ちていない
訳も分からず事態を見守る妹紅
新しく釜に現れた地蔵はまるで少女の様な
で立ちである
頭には過度に装飾された帽子に
片手には木の棒を抱えている
そういえば聞いた事がある
幻想郷には閻魔様が居て
たまに現世に見回り
来ると
そこで妹紅は
ははあ
いま釜の中で熱が
てき
んき
ん言
ている少女が
件の閻魔様なのだなあ
と気が付いた
慌てて釜から這い出てきたびし
濡れの閻魔の少女に木の棒で叩かれるが
何せん
痛いけど死ぬ程の事ではない
目の前の閻魔は瞳を潤ませながら妹紅の犯してきた罪について延
と語
てく
るが
よく考えれば死なないのだから自分の管轄外である
と彼女が悟
たの
湯冷めした彼女が説教を語り出して一回目のくし
みをした時の事である
そのまま二回目のくし
みを閻魔が放
た頃にな
てようやく
閻魔は濡れた
服のままだ
た事に気が付き
妹紅は自分の替えのもんぺと半纏を閻魔に貸し
てやる事にした
ありがとうございます
と丁寧に会釈付きで礼を言われるが
元はと言えば自
分がや
た事なんだし
と苦笑いを浮かべながら閻魔に謝罪する
だが
今更ながら一つの疑問が妹紅の頭を突く
どうしてこんな所に出てきたんだい
と閻魔に問い質すと
閻魔は居住いを
自己紹介を始めた
彼女の言葉から
名前が四季映姫と言う事
閻魔をや
ている事
今日はこ
からオフだ
たので
に幻想郷を見回りに来た
と言う事を知
最後に彼女は
自分は元
幻想郷に置かれた一体の地蔵だ
た事を告げられた
これでようやく合点がい
つまり自分が拾
てきたのは
彼女
四季映姫その人の地蔵だ
たのだ
なるほど
たら彼女がここに現れてもおかしくない
しかし
閻魔の移
手段が地蔵からだ
たとは思いもよらなか
長い時を経てきた妹紅だが
また新しい発見があ
た事に喜びを隠そうともし
ない
小さな笑顔を浮かべる妹紅の表情に
閻魔もまた慈愛の篭
た視線を向ける
しかし
この穏やかな時間も妹紅自身の手で破られる事になる
何か焦げ臭い臭いが鼻を突く
そういえば
と慌てて竃に走
た妹紅が見た
地獄名物釜茹で地獄に処される四季映姫の抜け殻の姿であ
慌てて薪の火を消すが時既に遅く
地蔵は抱えて寝るにはとても挑戦的な温も
りを保
ている
溜め息を吐きながら
今起きた出来事を四季映姫に謝罪するが
彼女からの罰
は額に棒の一撃を当てるだけのものであ
彼女曰く
貴方が地蔵を温めようとしたのは善意からの行い
今貴方に与え
罰は他の物事に気を取られ
火事という大惨事を引き起こすかもしれなか
事への戒めだという
それは
閻魔が自らの手でも
て行う刑執行の恐ろしさを耳にしていた妹紅に
彼女も慈悲の心は持ち合わせているのだろうと思わせるに充分な物だ
しかし困
これでは暖を取れないではないか
三たび悩み始める妹紅
閻魔はその様子を尻目に
妹紅の家屋をまじまじと
めている
そんな閻魔の姿を見詰める妹紅
よく見ると
彼女からはまだ薄らと湯気が
ち上
ている
まあこれでもいいか
妹紅はそう妥協すると
おもむろに胡座を解き
りと起き上がる
珍しい物もあるのですね
と妹紅謹製の竹細工を手に取り
目を輝かせながら
見詰め続ける閻魔
その背後へと
一つの陰が近づいていく
竹の花をあしら
た竹細工を片手に
それを譲
てもらえないかと訪ねるため
振り向いた閻魔は
体を地蔵の様に硬直させる
藤原妹紅が両手を掲げて迫
てきていたからである
引き攣る笑顔のまま動けなくな
た閻魔を羽交い締めにし
妹紅は喜色満面の
笑みで
自分の寝床へと連れていく
これから何をされるのか理解した閻魔は懸命に抵抗するが
その甲斐虚しく
朝日が昇るまでの間を妹紅の懐石として過ごす事にな
懐に閻魔を抱きしめたまま横になる妹紅の姿に
自分の思い描いていた出来事
との違いに
若干の照れを含みながらも
まあいいかと妹紅に倣い大人しく目
を瞑る閻魔
寝息のみが支配する六畳一間の寝室
穏やかな寝息は
永い時を生きる二人
束の間の安息を齎した
翌日血相を変えた死神が
蓬莱人に三途の河を渡らせるべく訪れるが
それは
また別の話
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